丹 精

自分が仕事をする時も人の仕事を見る時も中心にこの言葉がある。誰が作ろうと世間的な評価がどうであろうと「丹精」を感じられなければ、私にとってそれは価値のないものだ。丹精の意味を調べると「誠の心をこめて物事をすること」とある。「誠の心」は無意識の中にある。だから意識的に「誠の心」をこめることは出来ない。「誠の心」とはこめるものではなく出てしまうものだ。脳の活動の9割以上を占める無意識は、そのまま日常の生き方、人間性だ。だから「誠の心」は繕いようがない。建築も無意識が出てしまう。どんなに斬新なデザインやコンセプトで建築を繕ったとしても建築家の人間性は繕いようがない。しかし、残念ながら丹精という言葉は、今の時代を生きていくためにはあまり役に立たない言葉だ。でも、ボクはそこにこだわって生きていきたい。いまボクが心掛けている「誠の心」をこめられる唯一の方法がある。それは子供が砂山にトンネルを掘るようにひとつのことに無我夢中になること。そうすれば自然と無意識が力を持つ。

「私はそれほど賢くはありません。ただ、人より長くひとつのことにつきあってきただけなのです。」

                              アルベルト・アインシュタイン